May 26, 2017
地球防衛会議 - 宇宙で生き延びるために
宇宙の96%は,ダークエネルギー(74%)とダークマーター(22%)で満たされており,我々が観測可能なバリオンでできた世界は,宇宙の4%に過ぎない。更にその4%の宇宙のうち99%はプラズマ状態にあり,人間は,1%のプラズマでない中性の世界で生きている。地球自身も,地磁気は360万年で11回も逆転しており,最後の地磁気逆転は約77万年前。地磁気逆転の時代には,大量の高エネルギー宇宙線が侵入して,大気が電離して気象変動を誘発し,地上の生命体も被爆を免れない。
つまり,我々は,宇宙の中では,4%x1%=0.04% という,極端に稀な世界に生まれ,宇宙が誕生して今ままでを1年のカレンダーとすると,12月31日の除夜の鐘が鳴り始めた頃にホモ・サピエンスとなったばかりで,束の間のパラダイスを謳歌している赤子の知的生命体と言える。
宇宙では米粒のような存在のkmサイズの小天体が,たった1発衝突しただけで,日々の生活や未来までもが一瞬にして失われてしまう。そう,人類というのは,激動の宇宙の極々僅かな平穏期に,たまたま地球上で知性を持った生命体というだけであって(ある意味で神様から与えられたチャンス),今、叡智を集結して宇宙で生き延びる努力をしないと,必ず滅びる運命にある非常に危うい存在なのである。
そんな危うい地球には,天文学者という集団がおり,その天文学者の集団の中でも特にマイナーな地球衝突天体を専門とする知的集団がいる。そんな,地球衝突天体を真剣に考える学者らが2年に一度集結する,今年で5回目となる国際会議「Planetary Defence Conference (PDC; 地球防衛会議)」が2017年5月15日〜19日に東京の日本科学未来館で開催された。
小惑星の物理観測,衝突予測(衝撃破,クレータ形成,イジェクタ噴出物,そして津波被害),一般市民への警報・避難など,通常の分野の限定された国際会議では交流し得ない研究者が一同に会したPDC国際会議は,まさに刺激的で衝撃的な1週間だった。また,連日夕方から実施された,仮想小惑星「2017 PDC」の地球衝突シナリオ(直径270mの小惑星が2027年7月21日に中国-朝鮮半島-日本に衝突)を議論するエクササイズ(訓練)では,小惑星物理観測,ミッション立案,衝突回避・破壊,衝突影響評価,一般広報,災害対策,情報蒐集・行動決定のグループに分かれて,世界中から集まった研究者が真剣に議論を行い,発表と質疑応答が公聴会形式で実施された。
巷で話題になった新海誠監督の映画「君の名は。」。あの映画は,空前絶後の世界の話だと思っている人は多いだろうが,実は,十分に起こりうる現実に即した話題であって,クレーターサイズなども物理的にリーズナブルなサイズで,統計的に見ても,いつ起きてもおかしくないありふれた天体衝突現象なのである(詳しくは;講演会・サイエンスカフェ等の講師引き受け可)。
地球衝突天体の研究(小惑星,彗星,流星,人工流星,スペースデブリ...)は,ある意味で人類の宇宙での存続を左右する結構重要な学問なんじゃないかと思う。。。。
「小天体の脅威を世に伝えることは,もう権利なんかじゃない 義務だと思うんだ。。」【君の名は。】RADWIMPS「スパークル」より
つまり,我々は,宇宙の中では,4%x1%=0.04% という,極端に稀な世界に生まれ,宇宙が誕生して今ままでを1年のカレンダーとすると,12月31日の除夜の鐘が鳴り始めた頃にホモ・サピエンスとなったばかりで,束の間のパラダイスを謳歌している赤子の知的生命体と言える。
宇宙では米粒のような存在のkmサイズの小天体が,たった1発衝突しただけで,日々の生活や未来までもが一瞬にして失われてしまう。そう,人類というのは,激動の宇宙の極々僅かな平穏期に,たまたま地球上で知性を持った生命体というだけであって(ある意味で神様から与えられたチャンス),今、叡智を集結して宇宙で生き延びる努力をしないと,必ず滅びる運命にある非常に危うい存在なのである。
そんな危うい地球には,天文学者という集団がおり,その天文学者の集団の中でも特にマイナーな地球衝突天体を専門とする知的集団がいる。そんな,地球衝突天体を真剣に考える学者らが2年に一度集結する,今年で5回目となる国際会議「Planetary Defence Conference (PDC; 地球防衛会議)」が2017年5月15日〜19日に東京の日本科学未来館で開催された。
小惑星の物理観測,衝突予測(衝撃破,クレータ形成,イジェクタ噴出物,そして津波被害),一般市民への警報・避難など,通常の分野の限定された国際会議では交流し得ない研究者が一同に会したPDC国際会議は,まさに刺激的で衝撃的な1週間だった。また,連日夕方から実施された,仮想小惑星「2017 PDC」の地球衝突シナリオ(直径270mの小惑星が2027年7月21日に中国-朝鮮半島-日本に衝突)を議論するエクササイズ(訓練)では,小惑星物理観測,ミッション立案,衝突回避・破壊,衝突影響評価,一般広報,災害対策,情報蒐集・行動決定のグループに分かれて,世界中から集まった研究者が真剣に議論を行い,発表と質疑応答が公聴会形式で実施された。
巷で話題になった新海誠監督の映画「君の名は。」。あの映画は,空前絶後の世界の話だと思っている人は多いだろうが,実は,十分に起こりうる現実に即した話題であって,クレーターサイズなども物理的にリーズナブルなサイズで,統計的に見ても,いつ起きてもおかしくないありふれた天体衝突現象なのである(詳しくは;講演会・サイエンスカフェ等の講師引き受け可)。
地球衝突天体の研究(小惑星,彗星,流星,人工流星,スペースデブリ...)は,ある意味で人類の宇宙での存続を左右する結構重要な学問なんじゃないかと思う。。。。
「小天体の脅威を世に伝えることは,もう権利なんかじゃない 義務だと思うんだ。。」【君の名は。】RADWIMPS「スパークル」より
March 31, 2015
人工流れ星の科学目的
2015年2月20日深夜のニュース番組(FNN News JAPAN)で,現在我々が取り組んでいる研究・開発活動が取り上げられた。その前日に日経新聞に取り上げられた「人工流れ星、東京五輪の空に 開発に挑む女性起業家」を見たフジテレビのニュース番組ディレクターから当日の夕方に連絡があり,急遽対応することになった。
「人工流れ星」プロジェクトは,株式会社ALE(岡島礼奈・社長)の発案で研究開発が進められている事業で,首都大学東京システムデザイン学部 航空宇宙システム工学コース・佐原宏典先生, 帝京大学理工学部 航空宇宙工学科・渡部武夫先生と日本大学理工学部 航空宇宙工学科の3大学と,株式会社PDIなど複数の民間企業でチームを形成して取り組んでいる。
そもそも,人工的に流れ星を作るアイデアは古く1940年頃からあり,1960年代にはNASAラングレー研究所が,サウンディング・ロケットとキックモーターを使った人工流星実験を何度も行っている。1-2cmほどの金属プロジェクタイルを弾道飛行と多段ステージで秒速11-12kmまで加速し地球大気圏に再突入させ,0等級(絶対等級:天頂距離100kmでの可視等級)ほどの流星を発生させている。国内では,20世紀末に日本大学理工学部航空宇宙工学科の石川芳男先生のグループが,宇宙から雪玉を大気圏再突入させる実験を提唱し,衛星の具体的な設計検討まで行っていたが実現には至らなかった。その他,衛星設計コンテストなどにも,似たようなアイデアが幾つか提出されている。また,2010年に地球帰還した小惑星サンプルリターン探査機 「はやぶさ」では,地球帰還カプセルのみならず,探査機本体も惑星間空間から直接地球大気圏に秒速12kmの超高速で再突入し,満月を超える明るさに輝く人工大火球となり,人工流星の様々な科学観測が南オーストラリアの砂漠地帯で実施された。
地球の果てでハヤブサを迎える(前編)
オカエリナサイ・はやぶさ
フジテレビ「ニュースJAPAN」
さて,このニュースが流れてから,ネット上では様々な反応があった。反対意見の中には,なるほどニュース報道だけでは,そう考えるのも頷けた。ネガティブな意見の概要をまとめると,
我々が計画している人工流れ星は,地球の重力圏を振り切ることなく低軌道から減速させて再突入するので,地球の重力圏外から飛来する天然の流星よりもずっと遅い,人工衛星が落下してくるような超低速流星となる。継続時間も数秒以上続く「特異な流れ星」になる。従って,一目で天然の流星との区別がつくし,願い事を3回唱えるのも簡単だ。
そもそも地球には,毎日約100−300トンの地球外物質が降り注いでいる。その殆どは,太陽系内の彗星や小惑星からやってくるメテオロイドだ。一般にメテオロイドは,直径がμm〜mサイズの塵(ダスト)で,直径約10 mを越えると小惑星と呼んでいるが,学術的に明確な境界は定義されていない。メテオロイドが超高速(秒速12-72km)で地球大気圏突入する際の,空力加熱(空気の流れが堰き止められて圧縮することで,運動エネルギーが熱エネルギーに変換されて加熱される)によるアブレーション・プラズマ発光が,流星現象である。高温により物質が昇華して励起原子・分子や電子が生成される過程をアブレーションと呼ぶ。通常我々が目視できる流星は,大気突入速度や突入角などにもよるが,およそ直径が0.5〜数mmと見積もられている。地球に降り注ぐ宇宙物質の殆どは,肉眼では見えない非常に暗い流星(宇宙塵:IDP=Interplanetary Dust Particle)だ。頭の真上に掲げた拳1つの領域(上空100kmの約20km四方)に,1日で数千個の肉眼では見えない流れ星が,昼夜関係なく降り注いでいるのである。頻繁に発生する流星によって形成される電離柱を利用したVHF帯通信が「流星バースト通信」である。流星は発光(あるいは加熱だけ)しても完全にはアブレーション消失せずに,ミクロンサイズの粒子は,ジェット気流に流されながら何週間もかけて地上まで落下してくる。海底の泥や南極氷床など,静かな環境下に昔のままの姿で残される。
マイナーな流星群も含めると,1年間に100個近い流星群の活動が知られている。彗星や小惑星からのフラグメントが地球軌道と交差し,地球大気圏に衝突して輝く現象が流星である。地球と遭遇することで,母天体からやってきた塵を観察することができるのである。つまり,流星現象の観測は,地球大気を「天然の巨大な望遠鏡」と見立てた,地球に居ながらにしての間接探査ともいえる。流星や地上まで落下する隕石から,母天体である彗星や小惑星を探査できるのである。実際,流星の二点観測からは速度や軌道が分かり,速度と光度から大きさが見積もられ,大気減速からは質量が推定される。また,天然の流星発光をプリズムなどの分光器を通して見ると,組成やプラズマ励起温度などの物理化学素過程を調査することが可能だ。しかし,いつどこに出現するのか分からない天然の流星や火球を対象にしているため,これらの物理量が全て精度よく求まることは稀だ。近年,小型汎用カメラと自動観測ソフトウェアーを利用した,SonotaCoネットワークなどの夜間常時流星観測網が発達し,流星群の活動や軌道についての新たな知見が次々と得られている。しかし,広い視野を監視しているため,空間分解能が悪かったり,天候の影響を受けざるを得ない。そこで,組成・突入速度・突入角・形状・密度が全て既知の人工流星体を制御して大気再突入させてやれば,時刻,出現場所,天空の出現位置が予め分かっているため,周到に準備された高精度の科学観測が実施できる。つまり,人工流星は,様々な物理パラメータが不明の天然の流星を詳しく知るための「モノサシ」となるのである。また,太陽活動により変化する電離圏(中間圏・熱圏)の状態を,人工流星プラズマを光やレーダーなどを使って調査する新たな観測手段が確立される可能性もある。
[caption id="attachment_711" align="aligncenter" width="450"] しし座流星群流星スペクトル。観測値(上)と強度補正後(下)。長波長側のN,O,N2は超高層大気成分からの発光物質。短波長側のNa,Mg,Fe,Caなどは,メテオロイド由来の発光物質。人間の眼が感じる波長領域(380-700nm付近)で,これらの物質の発光色が混じり合った色として視認される。[/caption]
昨今問題視されている「宇宙ゴミ」「スペースデブリ (Space Debris)」は,耐用年数を過ぎて廃棄された人工衛星,事故・故障で制御不能になった人工衛星,打ち上げに使われた多段ロケットの切り離しで生じた破片,さらにはデブリ同士の衝突で生まれた微細デブリなどの人工物である。1957年,人類が宇宙へ活動の場を広げて以降,4000回以上ロケットの打ち上げが行われ,今なお5000トン(1cm〜10cmで50万個,1cm以下のデブリは,数千万個以上あると推定)ものスペースデブリが地球を取り巻いている。これらのデブリは,同一軌道上を相対速度がライフル銃の数倍という速度を有しながら浮遊しており,例え数mmでも衛星や宇宙船を機能停止させてしまう。ある軌道では,既にデブリの数が増え過ぎており,デブリ同士の衝突によって加速度的にデブリが増え続けるケスラーシンドロームという現象に陥っている。ますます宇宙に活動の場を広げる人類にとって,スペースデブリの数を減らすデブリ除去技術開発の必要性が迫られている。最終的には,デブリの軌道を変更させ,地球大気圏に再突入させて流星アブレーションで消滅させる手段が,コスト面でも最も効率が良いとされている。2020年以降に地球大気圏に落下して廃棄させる予定の国際宇宙ステーションは,420トンのサッカー場が落下するに等しい。この巨大な宇宙建造物を安全に地球大気圏で消滅させる手段も,流星アブレーションが利用される。2001年3月にフィジー沖の南太平洋に制御落下された,ロシアのミール宇宙ステーションが良い例だ。「こうのとり」や「ATV」などの国際宇宙ステーション補給機も大気圏に再突入させて廃棄しているが,安全のため南太平洋上などで行われており,大気圏突入の流星発光を地上から精密観測することは困難である。JAXAは,こうのとり補給機に再突入データ収集装置(i-Ball)を搭載して流星発光を計測したり,NASA/SETI/ESAは,ATVの再突入を専用航空機から観測するミッションを行っている。我々が計画している人工流星は,デブリ除去や,大気圏再突入実験にもフットワーク良く応用されることが期待される。
[caption id="attachment_720" align="aligncenter" width="450"] ミール宇宙ステーションの大気圏再突入(2001/03/23, Fiji)。[/caption]
[caption id="attachment_716" align="aligncenter" width="450"] 軌道が監視されている直径10cm以上のスペスデブリ。10cm以上の人工物は約22,000個(現在)が軌道上にあり,このうち95%がスペースデブリとなっている。[/caption]
TVニュースで紹介されていた宇宙花火的な紹介(あるいは,宇宙葬など)は,エンターテイメント的な側面だけが強調された偏った報道である(ニュース性はあるが,研究者の視点では本質ではない)。もちろん,これらの活動は,宇宙科学アウトリーチやプロジェクトを進める上で重要な資金調達にはなるが,人工流星は上述の研究テーマやパンスペルミア説の検証実験などの科学目的利用,差し迫ったデブリ問題を解決する実験に必要な技術として活用されることを期待し,研究開発に取り組んでいきたい。
「人工流れ星」プロジェクトは,株式会社ALE(岡島礼奈・社長)の発案で研究開発が進められている事業で,首都大学東京システムデザイン学部 航空宇宙システム工学コース・佐原宏典先生, 帝京大学理工学部 航空宇宙工学科・渡部武夫先生と日本大学理工学部 航空宇宙工学科の3大学と,株式会社PDIなど複数の民間企業でチームを形成して取り組んでいる。
そもそも,人工的に流れ星を作るアイデアは古く1940年頃からあり,1960年代にはNASAラングレー研究所が,サウンディング・ロケットとキックモーターを使った人工流星実験を何度も行っている。1-2cmほどの金属プロジェクタイルを弾道飛行と多段ステージで秒速11-12kmまで加速し地球大気圏に再突入させ,0等級(絶対等級:天頂距離100kmでの可視等級)ほどの流星を発生させている。国内では,20世紀末に日本大学理工学部航空宇宙工学科の石川芳男先生のグループが,宇宙から雪玉を大気圏再突入させる実験を提唱し,衛星の具体的な設計検討まで行っていたが実現には至らなかった。その他,衛星設計コンテストなどにも,似たようなアイデアが幾つか提出されている。また,2010年に地球帰還した小惑星サンプルリターン探査機 「はやぶさ」では,地球帰還カプセルのみならず,探査機本体も惑星間空間から直接地球大気圏に秒速12kmの超高速で再突入し,満月を超える明るさに輝く人工大火球となり,人工流星の様々な科学観測が南オーストラリアの砂漠地帯で実施された。
地球の果てでハヤブサを迎える(前編)
オカエリナサイ・はやぶさ
フジテレビ「ニュースJAPAN」
夜空に突然きらめく流れ星。これを人工的に作り出そうという試みが進められています。
いつでも流れ星が見られるという未来がやって来るのか、取材しました。夜空にすーっと伸びる一筋の光。
瞬く間に消えてしまうため、街中ではめったに見られない流れ星。
しかし、ちょっぴり寂しい東京の夜空にも今後、流れ星が見えるようになるかもしれない。
今、人工的に流れ星を作り出す試みが進められている。
日本大学理工学部の研究所。
実用化を目指し、開発しているのが「人工流星体」。
日本大学理工学部航空宇宙工学科の阿部新助准教授は「これが人工流星体ですね。こういったものを宇宙から地球に突入させて、流星発光させようと」と話した。
小さな玉がいくつも詰まったケース。
この1粒1粒が流れ星になるという。
その構想をCGで再現したものがある。
宇宙空間へ打ち上げられた人工衛星の中に搭載した粒を、地球へ向け射出。
粒が大気圏に突入すると、激しく発光し、地上から見ると、流れ星に見えるという仕組み。
素材は全て燃え尽きるため、地上へ落ちてくることはない。
阿部准教授は「(流れ星の大きさは、こんなに小さいものなのか?)実際の流れ星は、実はもっと小さいんですね。直径がもう本当1mmぐらい。超高速で地球大気に突入するために、非常に明るく輝きます」と話した。
本物の隕石(いんせき)の構造や、実際の発光の仕方を研究し、流れ星の素材作りに生かしていた。
阿部准教授は「小型衛星など、比較的安く簡単に宇宙に行ける手段がありますので」と話した。
1回の打ち上げ費用は10億円ほどで、2年後には、宇宙での実験を計画している。
この夢のような企画を発案したのは、ベンチャー企業・株式会社ALEを経営する岡島礼奈代表取締役。
5年後、東京オリンピックの式典での採用を目指しているという。
岡島代表取締役は「ものづくりって今、日本というのは元気がなくなってきているといわれているんですけれども。例えば、東京オリンピックとかで、日本の技術でこういうことができましたとアピールできたら、すごく元気になるなと思ってます」と語った。
いつでも夜空で流れ星が見られる未来が来るかもしれない。
さて,このニュースが流れてから,ネット上では様々な反応があった。反対意見の中には,なるほどニュース報道だけでは,そう考えるのも頷けた。ネガティブな意見の概要をまとめると,
- 流れ星は滅多に見られないからこそロマンがあるのに,人工的に流したら意味がないな。
- 流れ星は自然現象だから美しいのであって,いつ流れるか分からないから価値があるんだよ。
- 田舎で1時間も空を見上げれば,流れ星ぐらい何個も見えるのに,何で人工的に作る必要があるのか。
- 技術的にはすごいかもしれないけど,無意味でお金の無駄遣い。
- 塵をばら撒いて環境汚染になる。
- 軍事利用される可能性がある。
- 流星観測の邪魔になる。光害になるようなショーは行って欲しくない(天文家より)。
我々が計画している人工流れ星は,地球の重力圏を振り切ることなく低軌道から減速させて再突入するので,地球の重力圏外から飛来する天然の流星よりもずっと遅い,人工衛星が落下してくるような超低速流星となる。継続時間も数秒以上続く「特異な流れ星」になる。従って,一目で天然の流星との区別がつくし,願い事を3回唱えるのも簡単だ。
そもそも地球には,毎日約100−300トンの地球外物質が降り注いでいる。その殆どは,太陽系内の彗星や小惑星からやってくるメテオロイドだ。一般にメテオロイドは,直径がμm〜mサイズの塵(ダスト)で,直径約10 mを越えると小惑星と呼んでいるが,学術的に明確な境界は定義されていない。メテオロイドが超高速(秒速12-72km)で地球大気圏突入する際の,空力加熱(空気の流れが堰き止められて圧縮することで,運動エネルギーが熱エネルギーに変換されて加熱される)によるアブレーション・プラズマ発光が,流星現象である。高温により物質が昇華して励起原子・分子や電子が生成される過程をアブレーションと呼ぶ。通常我々が目視できる流星は,大気突入速度や突入角などにもよるが,およそ直径が0.5〜数mmと見積もられている。地球に降り注ぐ宇宙物質の殆どは,肉眼では見えない非常に暗い流星(宇宙塵:IDP=Interplanetary Dust Particle)だ。頭の真上に掲げた拳1つの領域(上空100kmの約20km四方)に,1日で数千個の肉眼では見えない流れ星が,昼夜関係なく降り注いでいるのである。頻繁に発生する流星によって形成される電離柱を利用したVHF帯通信が「流星バースト通信」である。流星は発光(あるいは加熱だけ)しても完全にはアブレーション消失せずに,ミクロンサイズの粒子は,ジェット気流に流されながら何週間もかけて地上まで落下してくる。海底の泥や南極氷床など,静かな環境下に昔のままの姿で残される。
マイナーな流星群も含めると,1年間に100個近い流星群の活動が知られている。彗星や小惑星からのフラグメントが地球軌道と交差し,地球大気圏に衝突して輝く現象が流星である。地球と遭遇することで,母天体からやってきた塵を観察することができるのである。つまり,流星現象の観測は,地球大気を「天然の巨大な望遠鏡」と見立てた,地球に居ながらにしての間接探査ともいえる。流星や地上まで落下する隕石から,母天体である彗星や小惑星を探査できるのである。実際,流星の二点観測からは速度や軌道が分かり,速度と光度から大きさが見積もられ,大気減速からは質量が推定される。また,天然の流星発光をプリズムなどの分光器を通して見ると,組成やプラズマ励起温度などの物理化学素過程を調査することが可能だ。しかし,いつどこに出現するのか分からない天然の流星や火球を対象にしているため,これらの物理量が全て精度よく求まることは稀だ。近年,小型汎用カメラと自動観測ソフトウェアーを利用した,SonotaCoネットワークなどの夜間常時流星観測網が発達し,流星群の活動や軌道についての新たな知見が次々と得られている。しかし,広い視野を監視しているため,空間分解能が悪かったり,天候の影響を受けざるを得ない。そこで,組成・突入速度・突入角・形状・密度が全て既知の人工流星体を制御して大気再突入させてやれば,時刻,出現場所,天空の出現位置が予め分かっているため,周到に準備された高精度の科学観測が実施できる。つまり,人工流星は,様々な物理パラメータが不明の天然の流星を詳しく知るための「モノサシ」となるのである。また,太陽活動により変化する電離圏(中間圏・熱圏)の状態を,人工流星プラズマを光やレーダーなどを使って調査する新たな観測手段が確立される可能性もある。
[caption id="attachment_711" align="aligncenter" width="450"] しし座流星群流星スペクトル。観測値(上)と強度補正後(下)。長波長側のN,O,N2は超高層大気成分からの発光物質。短波長側のNa,Mg,Fe,Caなどは,メテオロイド由来の発光物質。人間の眼が感じる波長領域(380-700nm付近)で,これらの物質の発光色が混じり合った色として視認される。[/caption]
昨今問題視されている「宇宙ゴミ」「スペースデブリ (Space Debris)」は,耐用年数を過ぎて廃棄された人工衛星,事故・故障で制御不能になった人工衛星,打ち上げに使われた多段ロケットの切り離しで生じた破片,さらにはデブリ同士の衝突で生まれた微細デブリなどの人工物である。1957年,人類が宇宙へ活動の場を広げて以降,4000回以上ロケットの打ち上げが行われ,今なお5000トン(1cm〜10cmで50万個,1cm以下のデブリは,数千万個以上あると推定)ものスペースデブリが地球を取り巻いている。これらのデブリは,同一軌道上を相対速度がライフル銃の数倍という速度を有しながら浮遊しており,例え数mmでも衛星や宇宙船を機能停止させてしまう。ある軌道では,既にデブリの数が増え過ぎており,デブリ同士の衝突によって加速度的にデブリが増え続けるケスラーシンドロームという現象に陥っている。ますます宇宙に活動の場を広げる人類にとって,スペースデブリの数を減らすデブリ除去技術開発の必要性が迫られている。最終的には,デブリの軌道を変更させ,地球大気圏に再突入させて流星アブレーションで消滅させる手段が,コスト面でも最も効率が良いとされている。2020年以降に地球大気圏に落下して廃棄させる予定の国際宇宙ステーションは,420トンのサッカー場が落下するに等しい。この巨大な宇宙建造物を安全に地球大気圏で消滅させる手段も,流星アブレーションが利用される。2001年3月にフィジー沖の南太平洋に制御落下された,ロシアのミール宇宙ステーションが良い例だ。「こうのとり」や「ATV」などの国際宇宙ステーション補給機も大気圏に再突入させて廃棄しているが,安全のため南太平洋上などで行われており,大気圏突入の流星発光を地上から精密観測することは困難である。JAXAは,こうのとり補給機に再突入データ収集装置(i-Ball)を搭載して流星発光を計測したり,NASA/SETI/ESAは,ATVの再突入を専用航空機から観測するミッションを行っている。我々が計画している人工流星は,デブリ除去や,大気圏再突入実験にもフットワーク良く応用されることが期待される。
[caption id="attachment_720" align="aligncenter" width="450"] ミール宇宙ステーションの大気圏再突入(2001/03/23, Fiji)。[/caption]
[caption id="attachment_716" align="aligncenter" width="450"] 軌道が監視されている直径10cm以上のスペスデブリ。10cm以上の人工物は約22,000個(現在)が軌道上にあり,このうち95%がスペースデブリとなっている。[/caption]
TVニュースで紹介されていた宇宙花火的な紹介(あるいは,宇宙葬など)は,エンターテイメント的な側面だけが強調された偏った報道である(ニュース性はあるが,研究者の視点では本質ではない)。もちろん,これらの活動は,宇宙科学アウトリーチやプロジェクトを進める上で重要な資金調達にはなるが,人工流星は上述の研究テーマやパンスペルミア説の検証実験などの科学目的利用,差し迫ったデブリ問題を解決する実験に必要な技術として活用されることを期待し,研究開発に取り組んでいきたい。
September 21, 2012
反日デモの真相 ~ IAU国際天文学連合・北京総会にて
反日デモの真相 ~ IAU国際天文学連合・北京総会にて | 星空の旅人
(JunkStage記事のデュープリケート)
8月末から9月初めに2週間近く北京に滞在した。中国で初めて開催された「国際天文学連合(IAU)総会」に参加するためである。会場は、オリンピック公園の横にある「China National Convention Center (CNCC 国家会议中心) 」であった。小生は、故楼大街という下町にある中華式の安宿に宿泊し、毎日地下鉄を3回も乗り換えて、50分近く掛けて会場に通った。Google Mapに騙されて、オリンピック会場への直通地下鉄が開通していなかったからだが、かえって庶民の暮らしを毎日観察することができた。
前回北京に来た2006年と比べると、街も人も物価も大きく変わったと感じた。地下鉄やビル群などのインフラが大きく整備された他に、地下鉄やバスに乗車する「人々の整然とした列」ができていたのには驚いた。車両が満員に近づくと乗車を止めて次の地下鉄を待ち、地下鉄の中で下車する際には前の人に必ず「下車嗎?」と聞く。オリンピックを間近に控えた2006年の北京は、街の至る所が工事中であり、交差点の交通ルールは無きに等しく、バス停や駅で人々は、我先にと列に割り込んでくる戦争状態だった。オリンピックを経て、人々も社会的に教育されたのだろう。物価も台北で過ごす感覚とほぼ同じで、6年前の数倍の物価になったのではないだろうか。車内で多くの若者がスマホに没頭する光景は、日本や台湾と変わらない。天気は滞在中ほぼ晴れていたが、濃霧かと疑う「スモッグ」が何日も続いた。これは有毒スモッグで、特に降雨には絶対あたらないようにと注意された。学会からの配布物に、立派な折りたたみ傘が入っていたのもうなずける。
滞在中も日本大使館前のデモは行われていたが、街中やレストランで日本人だと分かっても、不快な目に会うことは一度も無く、むしろ地元の中国人らは親切だった。北京天文館プラネタリウムでは、小生は招待講師として「探査機はやぶさ(日本大空舟隼号)」の一般講演を行い(台湾中国語と英語を北京語に逐次通訳)、50名程の北京の聴衆からは歓迎され、天文館館長からは「いつでも北京に来たときは大歓迎で、無料でプラネタリウムにも招待するよ」と握手。(賄賂ではない)お土産もたくさん頂いた。
一方、TVでは終日、反日番組や映画・ドラマが放映されていた。こんな刷り込み番組を子供の時から見ていたら、日本人を嫌いになるのは当然だろう。中国滞在中は、北京在住の日本人の友人Nとも久々に再会し、いろいろと案内して頂いた。彼は小生の所属する台湾國立中央大學から北京大学へ2年前に異動した地球電磁気学専門のポスドク研究者だ。上海で同じくポスドクをしている天文学の後輩Hと同様、現地の安月給で中国人らに混じって粛々と成果を出し続けている「侍・日本人」である。友人Nとは、連絡を取り続けているが、彼のいる北京市内の北西地区では、相変わらず日本人への差別も無く、現地の知識人らはデモを冷やかに見ているようだ。
今回の反日デモは派閥争いが背景にあり、「反日」は利用されているということを、見抜いている中国人も多いのだろう。被害状況だけをクローズアップして「中国人悪」のイメージを植え付けるだけの報道を行う日本のマスコミも、中国での「日本鬼子(日本人悪魔)」の報道と同レベルであり、対立を煽るだけである。水面下にある真相こそ報道すべきだ。デモは、ネットやツイッター(微博)で呼び掛けられて集まったのではなく、バスがチャーターされ、Tシャツや横断幕が配られた組織的な「やらせデモ」なのである。北京・日本大使館前で行われているデモも、日雇いでやらせているという話を、北京在住の複数筋からも聞いた。ちなみに、北京からはTwitter、Facebook、Youtubeなどには接続できない(接続できる時もある)。Google検索も挙動が変で、リンク先が操作されており、天安門事件などで検索を掛けると警告がでた。困ったのは、仕事の調べものでNASA/JPLサイトに繋ぐ必要があったが接続できなかった(これはNASAが接続を制限しているのだろう。結局、VNC台湾経由で対応)。
デモが暴徒化した場所(山東省(青島など)、湖南省、広東省など)は、共産党主義青年団(団派)が牛耳っている。破壊活動は、デモとは関係ない場所で発生しており、放火などの手際が良いことからプロの仕業と言われている。私服警官や私服軍人が暴徒の中心メンバーとして活躍している姿が、複数目撃されている。これらの暴徒化したデモは、団派(胡錦濤・李克強 一派)が上海派(次期総書記・習近平 一派)を揺さぶっている可能性として指摘されている。
日本人暴行事件も報じられていたが、これは公安の仕業である。ラーメンを頭から掛けるなど、わざとらしい事件を起こしている。もちろん、そういう場所に日本人が近づくと危ない。
特筆すべきは、暴徒化しているのは若者が多いということ。「蟻族(アリ族)」や「鼹鼠族(モグラ族)」と呼ばれる大学卒業後も仕事が無い暇な人種や、地方から都市に出稼ぎに出たが仕事がなくなった人種などが、反日デモを「野次馬的」に暴走させている。日本への批判が本音ではなく、共産党への不満が鬱散していると見るべきである。これは、中国で最も不景気である深圳のデモでは、日本の商社ではなく中国人民政府の庁舎が襲われていることに、その真意が伺える。
こういう輩は、政府から絶対悪として標的にすることを許された「日本」へ対するデモを理由に、日頃の鬱憤を晴らすが如く「犯罪行為」を行っている。また、団派がそれを煽動している。人民を尊重した毛沢東の写真を掲げているのは、もはや反日ではなく、政府批判を意味している。
これらの事象は全て「やらせデモ」の想定外の「暴動」だったはずである。今後、反日デモが繰り返されていけば、数年の間にその矛先は共産党へ向けられるだろう。
そもそも中国は多方面で国際紛争を抱えている。
日本は、今の(反日デモ容認の姿勢を示した胡錦濤政権)中国に対してまともに対応する必要は無い。尖閣諸島には自衛隊を駐屯させれば良い。そうすれば、韓国が実行支配した離於島と同じく大人しくなるだろう。もちろん、軍事的冒険に出る可能性もあるが、そうしないと近いうちに尖閣諸島は中国に実行支配されてしまう。国有化してしまったので、これまで通りの「棚上げ(何もしない)」支配では、尖閣を守れなくなってしまったのだから、これは国の責任だ。日本が尖閣諸島を自力で防衛する姿勢を示さない限り、無人島ごときに米軍が日米安保条約を発動する訳がない。
さて、IAU国際会議中の小生の名札は、「China Taipei」という所属に勝手に書き換えられていた。学術分野でさえ「Taiwan」の名前を認めないのである。もちろん、小生は口頭講演の中では、どうどうと「Taiwan」の名前を使った。小生は、親しくしている素晴らしい中国人研究者らもいるし、彼らとは共同プロジェクトでいっしょに仕事もしている。少なくとも科学者としては、政治的な紛争を越えた付き合いを今後も続けていきたいと思っている。
対中融和路線をとる台湾・国民党が2008年に政権を取って以降、中国共産党は「中華民族」を合い言葉に、台湾との様々な融和政策を進めている。尖閣諸島は「台湾省」の一部だとして、中国は台湾の「釣魚島」運動を支持している。「台湾統一工作」として中国に利用されているということも、台湾国民に広く知らしめるべきだろう。一方、この状況の中、日本への歩み寄りの姿勢を見せる台湾・馬英九総統に、日本政府は真摯に対応し日台友好を加速させるべきだ。政治・経済、文化、科学技術などの幅広い分野での台湾と国際交流が、今後を左右する「鍵=突破口」になる可能性を秘めていると個人的には考えている。
日本統治時代の歴史的建造物に溢れた台湾は、近代史を学ぶのには最高の場所である。全ての修学旅行先も、中韓から中華民国・台湾へ!
以下、北京在住の日本人N氏のコメントを、N氏の許可を得て転載します。日系企業に雇われているのではなく、中国の大学研究機関に雇われている「日本人研究者」という特殊な立場からのコメントですので、日系企業で働く駐在員日本人とは異なる視点を有するかもしれません。むしろ、中国国民の目線に近い意見だと思います。
IAU・国際天文学連合会場、北京国家会議場。とにかくデカイ!
2008年北京五輪のメイン競技場だった北京国家体育場、通称「鳥の巣」
滞在した古風な中華式の宿。スタッフも皆親切だった。
会議のオープニングと総会の決議の様子。
会議の横断幕を掲げる小生の共同研究者ら(フィンランド人と中華/台湾系アメリカ人)。我々3人で3枚の(捨てられていた)ビニール横断幕を頂戴して持ち帰った。次回のIAUは、2015年にハワイ・ホノルルで開催されるので、持ち寄ってピクニック(potluck)のシートにする予定。
北京天文館。地元の高校教師や天文ファンを相手に講演を行った。
北京古観象台。1442年、明の時代に建設された世界で最も古い天文台の一つは、今では北京の高層ビル群に囲まれていた。
天下の北京大学の赤門。前を行く友人Nが通行証を見せて、小生はツレだと言って入校。
この夏から中国月探査プログラムが北京ビールの公式スポンサーになった。月面着陸の際は、きっと月面で北京ビールで祝杯をあげるのだろう。
万里の長城(八達稜)と天壇公園。中国の昔の人々はすごかったのだ。
天安門とセキュリティー・カメラの数々。街中のカメラの数もオリンピック前に比べれば圧倒的に増えた。
北京のタクシーは本当に捕まらない。道が分からないという言い訳?の乗車拒否もあり、昼間に5台捕まえてやっと乗れたりした。この日は、終電を逃してしまい、友人とタクシーを探したが捕まらず、仕方なく三輪タクシーに乗車。値段交渉したが、二人で20元(250円)とややぼられて乗車。シートベルトもないオンボロ三輪タクシー後部の箱の中で、幹線道路にこぼれ落ちそうに激しく揺られているときは、かなり怖かった。
追記、
今回は、中国語での会話がなんとかできるレベルだったが、北京語と台湾國語は発音がかなり違い、会話が成り立たなくなることもしばしば。なぜか、日に何度も通りすがりの民に道を聞かれたりもした。何処から来たのかと聞かれたときは「台湾からだ」と答え、台湾に住んでいる日本人じゃないのかと新秀水市場でしつこく聞かれた場面では(値引き交渉中だったので日本人とばれると不利)、「地球人だ」と答えて笑われその場を凌いだ。
一応ちゃんと仕事(学会招待講演、学会口頭発表、北京プラネでの招待講演、ビジネス会議など)の方も無事にこなした。
C-22(流星, 隕石, 惑星間空間塵)のプレジデントは、国立天文台・渡部潤一教授からSETI/NASA・P. ジェニスキンズ氏へ、C-20(太陽系小天体,彗星,衛星の位置と運動) はプレジデントは、JAXA/宇宙科学研究所・吉川真教授からNASA/JPLのS. R. チェスリー氏へ引き継がれた。渡部氏、吉川氏の推薦により、2012-2015 期のC-20、C-22のOrganizing Committeeには小生が選出された。また、C-22の流星群・命名委員会では、新しく観測されて申請された流星群を全て吟味して、承認できる流星群名を決定した(こちらの仕事は、その後小生は殆ど貢献していないので、これを期に(一時)退任させて頂いた)。近年、レーダー観測で昼間流星群が多数発見されたり、自動TV観測による新しい流星群の発見が多数報告されている。流星群と認められるには、基本的に (1) TV観測などで顕著で明白な流星群活動が捉えられること(流星数の制限は無い)。一度だけ、単独観測でも認定する(長周期彗星起源の1回帰ダスト・トレールの場合は1度だけの出現となる可能性があること。また、流星群の突発が、ある時間帯だけに集中する可能性があることから)、 (2) 電波観測の場合は、単独ではなく複数点の観測による確証が必要(或は単独&複数年も可? このあたりは P. ブラウン論文の例を参考)。
2006年 IAUプラハ(チェコ共和国)では、冥王星が惑星から降格し「準惑星」枠ができるという、侃々諤々のエキサイティングな総会であったが、2012年IAU北京の総会決議では、議論も異論もなく(議長が議論をしないでスルーした!)決議が行われてしまい、個人的には大変物足りなかった。太陽系に関する2つの新しい決定決議;
2012-2015期のIAUプレジデントには、国立天文台元台長・海部宣男名誉教授が選出された。次回IAUは2015年8/3-14にハワイ(ホノルル)で開催される。セッションに出るより、宇宙生命の起源を求めてビーチで過ごす時間の方が長くなりそうな予感....
(JunkStage記事のデュープリケート)
8月末から9月初めに2週間近く北京に滞在した。中国で初めて開催された「国際天文学連合(IAU)総会」に参加するためである。会場は、オリンピック公園の横にある「China National Convention Center (CNCC 国家会议中心) 」であった。小生は、故楼大街という下町にある中華式の安宿に宿泊し、毎日地下鉄を3回も乗り換えて、50分近く掛けて会場に通った。Google Mapに騙されて、オリンピック会場への直通地下鉄が開通していなかったからだが、かえって庶民の暮らしを毎日観察することができた。
前回北京に来た2006年と比べると、街も人も物価も大きく変わったと感じた。地下鉄やビル群などのインフラが大きく整備された他に、地下鉄やバスに乗車する「人々の整然とした列」ができていたのには驚いた。車両が満員に近づくと乗車を止めて次の地下鉄を待ち、地下鉄の中で下車する際には前の人に必ず「下車嗎?」と聞く。オリンピックを間近に控えた2006年の北京は、街の至る所が工事中であり、交差点の交通ルールは無きに等しく、バス停や駅で人々は、我先にと列に割り込んでくる戦争状態だった。オリンピックを経て、人々も社会的に教育されたのだろう。物価も台北で過ごす感覚とほぼ同じで、6年前の数倍の物価になったのではないだろうか。車内で多くの若者がスマホに没頭する光景は、日本や台湾と変わらない。天気は滞在中ほぼ晴れていたが、濃霧かと疑う「スモッグ」が何日も続いた。これは有毒スモッグで、特に降雨には絶対あたらないようにと注意された。学会からの配布物に、立派な折りたたみ傘が入っていたのもうなずける。
滞在中も日本大使館前のデモは行われていたが、街中やレストランで日本人だと分かっても、不快な目に会うことは一度も無く、むしろ地元の中国人らは親切だった。北京天文館プラネタリウムでは、小生は招待講師として「探査機はやぶさ(日本大空舟隼号)」の一般講演を行い(台湾中国語と英語を北京語に逐次通訳)、50名程の北京の聴衆からは歓迎され、天文館館長からは「いつでも北京に来たときは大歓迎で、無料でプラネタリウムにも招待するよ」と握手。(賄賂ではない)お土産もたくさん頂いた。
一方、TVでは終日、反日番組や映画・ドラマが放映されていた。こんな刷り込み番組を子供の時から見ていたら、日本人を嫌いになるのは当然だろう。中国滞在中は、北京在住の日本人の友人Nとも久々に再会し、いろいろと案内して頂いた。彼は小生の所属する台湾國立中央大學から北京大学へ2年前に異動した地球電磁気学専門のポスドク研究者だ。上海で同じくポスドクをしている天文学の後輩Hと同様、現地の安月給で中国人らに混じって粛々と成果を出し続けている「侍・日本人」である。友人Nとは、連絡を取り続けているが、彼のいる北京市内の北西地区では、相変わらず日本人への差別も無く、現地の知識人らはデモを冷やかに見ているようだ。
今回の反日デモは派閥争いが背景にあり、「反日」は利用されているということを、見抜いている中国人も多いのだろう。被害状況だけをクローズアップして「中国人悪」のイメージを植え付けるだけの報道を行う日本のマスコミも、中国での「日本鬼子(日本人悪魔)」の報道と同レベルであり、対立を煽るだけである。水面下にある真相こそ報道すべきだ。デモは、ネットやツイッター(微博)で呼び掛けられて集まったのではなく、バスがチャーターされ、Tシャツや横断幕が配られた組織的な「やらせデモ」なのである。北京・日本大使館前で行われているデモも、日雇いでやらせているという話を、北京在住の複数筋からも聞いた。ちなみに、北京からはTwitter、Facebook、Youtubeなどには接続できない(接続できる時もある)。Google検索も挙動が変で、リンク先が操作されており、天安門事件などで検索を掛けると警告がでた。困ったのは、仕事の調べものでNASA/JPLサイトに繋ぐ必要があったが接続できなかった(これはNASAが接続を制限しているのだろう。結局、VNC台湾経由で対応)。
デモが暴徒化した場所(山東省(青島など)、湖南省、広東省など)は、共産党主義青年団(団派)が牛耳っている。破壊活動は、デモとは関係ない場所で発生しており、放火などの手際が良いことからプロの仕業と言われている。私服警官や私服軍人が暴徒の中心メンバーとして活躍している姿が、複数目撃されている。これらの暴徒化したデモは、団派(胡錦濤・李克強 一派)が上海派(次期総書記・習近平 一派)を揺さぶっている可能性として指摘されている。
日本人暴行事件も報じられていたが、これは公安の仕業である。ラーメンを頭から掛けるなど、わざとらしい事件を起こしている。もちろん、そういう場所に日本人が近づくと危ない。
特筆すべきは、暴徒化しているのは若者が多いということ。「蟻族(アリ族)」や「鼹鼠族(モグラ族)」と呼ばれる大学卒業後も仕事が無い暇な人種や、地方から都市に出稼ぎに出たが仕事がなくなった人種などが、反日デモを「野次馬的」に暴走させている。日本への批判が本音ではなく、共産党への不満が鬱散していると見るべきである。これは、中国で最も不景気である深圳のデモでは、日本の商社ではなく中国人民政府の庁舎が襲われていることに、その真意が伺える。
こういう輩は、政府から絶対悪として標的にすることを許された「日本」へ対するデモを理由に、日頃の鬱憤を晴らすが如く「犯罪行為」を行っている。また、団派がそれを煽動している。人民を尊重した毛沢東の写真を掲げているのは、もはや反日ではなく、政府批判を意味している。
これらの事象は全て「やらせデモ」の想定外の「暴動」だったはずである。今後、反日デモが繰り返されていけば、数年の間にその矛先は共産党へ向けられるだろう。
そもそも中国は多方面で国際紛争を抱えている。
- 南シナ海では、フィリピン、ベトナムと開戦準備を進めている。
- 対台湾へのミサイル配備は約2000基だが、台湾とは平衡状態。←今こそ、日本は台湾へ歩み寄る絶好のタイミング
- 韓国ともめている水面下の島「蘇岩礁(離於島)」は、韓国が今年、軍事基地を作ってしまったら中国は最近になって黙ってしまった。
日本は、今の(反日デモ容認の姿勢を示した胡錦濤政権)中国に対してまともに対応する必要は無い。尖閣諸島には自衛隊を駐屯させれば良い。そうすれば、韓国が実行支配した離於島と同じく大人しくなるだろう。もちろん、軍事的冒険に出る可能性もあるが、そうしないと近いうちに尖閣諸島は中国に実行支配されてしまう。国有化してしまったので、これまで通りの「棚上げ(何もしない)」支配では、尖閣を守れなくなってしまったのだから、これは国の責任だ。日本が尖閣諸島を自力で防衛する姿勢を示さない限り、無人島ごときに米軍が日米安保条約を発動する訳がない。
さて、IAU国際会議中の小生の名札は、「China Taipei」という所属に勝手に書き換えられていた。学術分野でさえ「Taiwan」の名前を認めないのである。もちろん、小生は口頭講演の中では、どうどうと「Taiwan」の名前を使った。小生は、親しくしている素晴らしい中国人研究者らもいるし、彼らとは共同プロジェクトでいっしょに仕事もしている。少なくとも科学者としては、政治的な紛争を越えた付き合いを今後も続けていきたいと思っている。
対中融和路線をとる台湾・国民党が2008年に政権を取って以降、中国共産党は「中華民族」を合い言葉に、台湾との様々な融和政策を進めている。尖閣諸島は「台湾省」の一部だとして、中国は台湾の「釣魚島」運動を支持している。「台湾統一工作」として中国に利用されているということも、台湾国民に広く知らしめるべきだろう。一方、この状況の中、日本への歩み寄りの姿勢を見せる台湾・馬英九総統に、日本政府は真摯に対応し日台友好を加速させるべきだ。政治・経済、文化、科学技術などの幅広い分野での台湾と国際交流が、今後を左右する「鍵=突破口」になる可能性を秘めていると個人的には考えている。
日本統治時代の歴史的建造物に溢れた台湾は、近代史を学ぶのには最高の場所である。全ての修学旅行先も、中韓から中華民国・台湾へ!
以下、北京在住の日本人N氏のコメントを、N氏の許可を得て転載します。日系企業に雇われているのではなく、中国の大学研究機関に雇われている「日本人研究者」という特殊な立場からのコメントですので、日系企業で働く駐在員日本人とは異なる視点を有するかもしれません。むしろ、中国国民の目線に近い意見だと思います。
やはり柳条湖事件81周年の日は反日デモの規模がすごかったようですね。
しかしながら、北京大学の周辺は依然として”平然”としていました。僕自身もすっかり忘れていたくらいです。19日以降になってデモは小康状態になっているようですが日本大使館からは”用事がある時以外近づくな”とのメールが頻繁に来ています。
テレビを見て思ったのはデモに参加している人は貧困層の人々や定職に付けていないフリーターやニートっぽい人が多いということです。所謂、共産党政府の政策・政治に批判的な人々のようです。(いわずもがな、中国では公然と政府を批判すれば”国家転覆罪”で刑務所行きなので矛先を日本にしているというところでしょうか。)
また北京に住んでいて思うのは”日本を批判する暇があったら1元でも多く稼ぐために一生懸命働く”人々が大勢いるということです。”デモに参加する暇があったら働く!”という無言のオーラが街を歩いていてとても強く感じるということです。レストラン等の服務員が僕の中国語が変だと感じて”何人?”と聞いて”日本人”と僕が答えても過剰な反応は全くありません。
先週の日曜日に秀水街付近に用事があって行きましたが、あのあたりでさえデモの影響は全く有りませんでした。みなさんあくせく働いていました。北京の人もそんなに暇では有りませんし、日本の報道が”日本批判の嵐=中国全土・全国民がそう考えている”という構図を作り出しているように感じました。もちろん被害に有った日本人もいたようですが、それが全てではないということですね。
IAU・国際天文学連合会場、北京国家会議場。とにかくデカイ!
2008年北京五輪のメイン競技場だった北京国家体育場、通称「鳥の巣」
滞在した古風な中華式の宿。スタッフも皆親切だった。
会議のオープニングと総会の決議の様子。
会議の横断幕を掲げる小生の共同研究者ら(フィンランド人と中華/台湾系アメリカ人)。我々3人で3枚の(捨てられていた)ビニール横断幕を頂戴して持ち帰った。次回のIAUは、2015年にハワイ・ホノルルで開催されるので、持ち寄ってピクニック(potluck)のシートにする予定。
北京天文館。地元の高校教師や天文ファンを相手に講演を行った。
北京古観象台。1442年、明の時代に建設された世界で最も古い天文台の一つは、今では北京の高層ビル群に囲まれていた。
天下の北京大学の赤門。前を行く友人Nが通行証を見せて、小生はツレだと言って入校。
この夏から中国月探査プログラムが北京ビールの公式スポンサーになった。月面着陸の際は、きっと月面で北京ビールで祝杯をあげるのだろう。
万里の長城(八達稜)と天壇公園。中国の昔の人々はすごかったのだ。
天安門とセキュリティー・カメラの数々。街中のカメラの数もオリンピック前に比べれば圧倒的に増えた。
北京のタクシーは本当に捕まらない。道が分からないという言い訳?の乗車拒否もあり、昼間に5台捕まえてやっと乗れたりした。この日は、終電を逃してしまい、友人とタクシーを探したが捕まらず、仕方なく三輪タクシーに乗車。値段交渉したが、二人で20元(250円)とややぼられて乗車。シートベルトもないオンボロ三輪タクシー後部の箱の中で、幹線道路にこぼれ落ちそうに激しく揺られているときは、かなり怖かった。
追記、
今回は、中国語での会話がなんとかできるレベルだったが、北京語と台湾國語は発音がかなり違い、会話が成り立たなくなることもしばしば。なぜか、日に何度も通りすがりの民に道を聞かれたりもした。何処から来たのかと聞かれたときは「台湾からだ」と答え、台湾に住んでいる日本人じゃないのかと新秀水市場でしつこく聞かれた場面では(値引き交渉中だったので日本人とばれると不利)、「地球人だ」と答えて笑われその場を凌いだ。
一応ちゃんと仕事(学会招待講演、学会口頭発表、北京プラネでの招待講演、ビジネス会議など)の方も無事にこなした。
C-22(流星, 隕石, 惑星間空間塵)のプレジデントは、国立天文台・渡部潤一教授からSETI/NASA・P. ジェニスキンズ氏へ、C-20(太陽系小天体,彗星,衛星の位置と運動) はプレジデントは、JAXA/宇宙科学研究所・吉川真教授からNASA/JPLのS. R. チェスリー氏へ引き継がれた。渡部氏、吉川氏の推薦により、2012-2015 期のC-20、C-22のOrganizing Committeeには小生が選出された。また、C-22の流星群・命名委員会では、新しく観測されて申請された流星群を全て吟味して、承認できる流星群名を決定した(こちらの仕事は、その後小生は殆ど貢献していないので、これを期に(一時)退任させて頂いた)。近年、レーダー観測で昼間流星群が多数発見されたり、自動TV観測による新しい流星群の発見が多数報告されている。流星群と認められるには、基本的に (1) TV観測などで顕著で明白な流星群活動が捉えられること(流星数の制限は無い)。一度だけ、単独観測でも認定する(長周期彗星起源の1回帰ダスト・トレールの場合は1度だけの出現となる可能性があること。また、流星群の突発が、ある時間帯だけに集中する可能性があることから)、 (2) 電波観測の場合は、単独ではなく複数点の観測による確証が必要(或は単独&複数年も可? このあたりは P. ブラウン論文の例を参考)。
- C-20 (Positions & motions of minor planets, comets & satellites)
- C-22 (Meteors, Meteorites and IDPs)
2006年 IAUプラハ(チェコ共和国)では、冥王星が惑星から降格し「準惑星」枠ができるという、侃々諤々のエキサイティングな総会であったが、2012年IAU北京の総会決議では、議論も異論もなく(議長が議論をしないでスルーした!)決議が行われてしまい、個人的には大変物足りなかった。太陽系に関する2つの新しい決定決議;
- 従来のDivision は廃止され、「Division III」は、「Division F "Planetary Systems & Bioastronomy"」に統合。
- 「International NEO (Near-Earth Objects) early warning systemの構築」。地球に衝突する可能性のある小惑星(PHOs)の早期発見と国際社会へのアナウンスを円滑に行うシステムを構築。NEOのビジネス・セッションで議論したが、NASA/JPLのチェスリーを中心に、我々で詳細をまとめてIAUへ報告文を提出することになった。このあたりは、アメリカ(NASA)とイタリア(Neodys)が主導することになるでしょう。
2012-2015期のIAUプレジデントには、国立天文台元台長・海部宣男名誉教授が選出された。次回IAUは2015年8/3-14にハワイ(ホノルル)で開催される。セッションに出るより、宇宙生命の起源を求めてビーチで過ごす時間の方が長くなりそうな予感....
March 14, 2012
震災から一年 〜陸前高田・被災地ボランティアを通して
東日本大震災から一年が経ちました.亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに,被災地が復興へ邁進し,被災された方々に本当の笑顔が戻る事を心より願います.
2012年1月27日,旧正月休みで台湾から帰国した小生は,池袋発の夜行バス「釜石気仙ライナー」に一人乗車した.仙台の阿部一族の元へ帰省する前に,津波被災地をこの目で確かめてみたかったからだ.ただ被災地を訪れるだけの物見遊山にはなりたくなかったので,ボランティア活動に参加することにした.もう一つ,台湾は震災後に200億円を越える世界中で最多の義捐金を集め,震災発生直後から支援物資の支給や現地での支援活動も行っている.東京都(人口1318万人)が約9億円の義援金を集めたのに対し,人口2315万人,平均月収10万円足らずの「国交の無い」台湾からこれだけの支援があったのだ.小生の台湾人・老婆もワールドビジョンで活動を行っており,日々仕事(研究)にばかり没頭している小生も,現地で何か役に立ちたいという気持ちがあった.午後11時発の夜行バスは満員だった.それぞれの人生を乗せたバスは,都会の喧騒から一路北へ向った.この冬一番の寒さだった.
午前5時過ぎ,白み始めた車窓のカーテンを引くと,荒野と化した海岸線をバスは進んでいた.凍結した窓からぼんやりと臨む景色は,まったく言葉を失う別世界だった.午前6時に岩手県・陸前高田市役所仮庁舎で下車.津波被害によって市庁舎を含む市の7割以上が被害を受けた陸前高田では,海岸から3kmほど離れた丘の上に昨年5月,仮庁舎が設置された.バスを降りた若い女性グループがいた.彼女らは定期的に陸前高田を訪れているボランティアとのこと.地元の車がお迎えに来ていた.ボランティアセンタを通さずに,個人で活動しているこういう素晴らしい方々も多くいるのだろう.また,車中で小生の隣席にいた東京在住の男性は,津波被災地の見学の為に来たとのことで,海岸目指して丘を下って行った.小生は仮庁舎から更に内陸へ7km離れた陸前高田市災害ボランティアセンタへ向けて,仙台帰省のための荷物を背負い歩みを進めた.温度計は氷点下10℃,まつげも吐息の水蒸気で凍った.気仙川に沿って上流へ向ったが,かなり上流の橋桁なども落ちていて驚いた.ボランティアセンタ付近でも遺体が見つかったと現地の方から聞いた.内陸部にはコンビニや商店なども営業しており,復興作業員らしい人々が大勢いた.午前8時半の受付開始の1時間前には陸前高田ボランティアセンタに到着.眠れなかった夜行バスの疲れも重なり,これからボランティア活動だというのに既に体力を消耗していたが,陸前高田市災害ボランティアセンタ(以下,ボラセン)の熱気で一気にやる気が出てきた.ゴム手袋,軍手,防塵マスク,作業着,安全靴か金属製中敷き長靴,防塵ゴーグル・目薬,帽子,タオル,食料・飲料水,保険証(小生は日本の保険証はない.被災地ボランティア保険に予め加盟),常備薬・救急セット,着替え,雨具などを用意してきたが,ボラセンには,ゴム手袋,軍手,防塵マスク,栄養剤,ホカロンなどが用意されていた.被災地ボランティア保険の加入受付まであった.
厳寒の空の下,ボラセンには280名のボランティアが朝会に集まった.そのほとんどが,自治体や企業などで組織されたボランティア軍団で,遠路からのボランティア・バスツアーも複数到着.個人でのボランティア参加は,小生も含めて10名ほどだった.朝会では,新規参加の個人ボランティアの挨拶の時間があったので,「台湾から来たアベです...」と自己紹介した.どうも台湾人だと思われたらしく「日本語うまいですね」と色々な方に話しかけられ,お陰でその日は色々と親切にして頂けた.謝謝台湾.さて,ボラセンでは主に以下の作業項目があり,個人ボランティアは自分の希望で作業内容を選べるシステムであった.
(1) 漁業再開に向けた「カキ養殖イカダ作り」のお手伝い
(2) 津波で流された思い出の品の分別、洗浄のお手伝い
(3) 花畑作りのお手伝い(固くなった土の掘り起しや苗植えなど)
(4) ガレキ撤去
(5) 側溝の泥だし
小生は(2)を選択.熟練ボランティア松浦氏,韓国人ボランティア,東京から車で来た漫画家三人組とチームを組まされた.徒歩で来たので足がないので,松浦氏の車に同乗させて頂いた.韓国から個人ボランティアとして参加しているキムさんも同乗.途中,コンビニで昼食の買い出しをしてから市街地へ下り,初めて津波被害の光景を目の当たりにした.数ヶ月間ボランティア活動を継続している松浦氏の説明を聞きながら市街地を抜け,広田湾を回って広田半島の山の上にある陸前高田オートキャンプ場「モビリア」へ登った.ここは,陸前高田市内の中で残った数少ない施設の一つで,被災直後より避難所として利用されており,現在は仮設住宅地となりキャンプ場としては利用できない.広田湾の「ヒロタ」は,アイヌ語で「美しい砂浜」の意味がある.
現地に到着すると,既に先着隊が屋外で作業を開始していた.我々はまず簡単な力仕事を行い,「津波で流された年賀状アルバムの洗浄」作業を開始.泥まみれの年賀状,まだ湿っている年賀状などを一つ一つ丁寧に奇麗にしていく.氷点下の寒空の下での地道な作業.皆殆ど無口に作業を続ける.ついつい年賀状に書かれた文章を読んでしまう.受け取り主がちゃんとこのメッセージを受け取って欲しいと願いながら,丹念に清掃していく.現場の雰囲気をジョークを飛ばしながら和やかにしてくれた隣のおじさんも,年賀状の文章を読みながら時おり感想を漏らしていた.昼食を挟み午後2時過ぎ頃までこの地道な作業に専念した.日が傾くと道路は凍結するので,午後3時までにボラセンに戻るように指示されていた.
帰路は,漫画家さんらの車に乗車して,陸前高田の海岸の端から端まで走った.瓦礫の多くは撤去され固められていたが,津波で残骸と化した建造物は,まだあちらこちらに残る.その先には,エメラルドグリーンに輝く,恐ろしいほど美しい海が広がっていた.震災後に復活した漁では,漁獲量も魚の大きさも増している.通常は3年はかかる養殖牡蠣も,半年で成長してしまったそうだ.これは,津波で海底がかき混ぜられて,海中の養分が豊富になったからだと考えられている.津波後の海底が美しく生まれ変わっていることは,海底探査からも明らかになった.人々の作った街を破壊した巨大津波は,人々が汚してきた海を蘇らせ,東北の海は豊かになっていたのである.「一本松」も健在だった.長さ2kmに及ぶ遠浅の砂浜に生育する7万本のクロマツとアカマツの砂潮林である「高田松原」は,200年以上前に植えられた.この白砂青松は日本を代表する景勝の一つでもあったが,全て津波で流された,ただこの松一本を残して.
ボラセンに戻り,陸前高田市役所仮庁舎まで彼らの車で送って頂けた.バス停では,今朝方浜辺へ向った男性と再会した.多分,彼が見てきた津波被災地と,小生が体験して見てきた津波被災地は異なるだろうなと思った.街は津波で破壊され,その悲惨さだけが光景に映される.これは,テレビのニュース映像で散々見てきた.実際には,壊されたモノや生活を再び取り戻そうと必死に前へ進もうとする陸前高田の人々がそこにいる.ボランティア活動を通して,現地の人々と触れ合い感じた.被災地復興とはいうが,現地の人々は政府の復興対策の遅れに不満を持っている言葉も聞いた.ボランティアは自己満足で終わるのではなく,継続し更にその輪を大きく広げていかなくてはならない.震災から一年が経ち,非被災者達は日々の生活に追われ,被災者達のことを忘れてきているのではないだろうか.
午後3時56分に仙台へ向うバスに乗り込み海岸線を進むと,津波で破壊された小さな漁村や,いまだに大型船が打ち上げられている気仙沼の町中も通過した.仙台滞在中には,荒浜から仙台港までを一通り訪れた.福島県いわき市の沿岸も訪れた.同じ光景は,数百kmに及ぶ太平洋沿岸各地で見られるのだ.原発問題も含め,2万人近い死者,行方不明者を出した未曾有の災害に見舞われた(見舞われている)日本を復興するためには,日本国民全員が現在進行形で支援を続けていかなくてはならない.
「復興ボランティア=土方作業」と単純に想像していた小生にとって,年賀状の洗浄作業は最初はちょっと気抜けした.しかし,目に見える形だけの復興ならばお金を掛ければできる訳で,「想い出の復興」は現場で手を動かす我々ボランティアにしかできないことだと気付いた.被災地にはそういう義援金だけでは手の届かないニーズがいくらでもあるのだ.支援の形は他にもいろいろとあると思う.被災者以外の人々が支援し耐えなければ,国家の災難を乗り越えた日本復興,日本の将来は無いだろう.
台湾に戻った後,小惑星命名のチャンスを頂き「陸前高田」の名を国際天文学連合(IAU)へ申請した.うまく行けば,5月頃には小惑星「Rikuzentakata」が誕生するかもしれない.その時には改めて報告します.
Rikuzentakata is a city in Iwate, Japan, which was one of the most affected city by powerful tsunami waves triggered by the 2011 earthquake off the Pacific coast of Tohoku. A part of the shoreline Takata-Matsubara having seventy thousand pine trees which was selected a one of the 100 Landscapes of Japan was also damaged completely except a single pine tree. We would encourage the speedy reconstruction of Rikuzentakata and a place of scenic beauty.
震災から一年が経ち,台灣では以下のCMがTVで放映されている.世界中でこんなCMが放送される国は,台湾以外にはないだろう.台湾人が日本人をこんなに心配し支援してくれたことを決して忘れずに,世界で一番の親日国家・隣国「台湾」のことを日本国はもっと考えて頂きたい.
2012年1月27日,旧正月休みで台湾から帰国した小生は,池袋発の夜行バス「釜石気仙ライナー」に一人乗車した.仙台の阿部一族の元へ帰省する前に,津波被災地をこの目で確かめてみたかったからだ.ただ被災地を訪れるだけの物見遊山にはなりたくなかったので,ボランティア活動に参加することにした.もう一つ,台湾は震災後に200億円を越える世界中で最多の義捐金を集め,震災発生直後から支援物資の支給や現地での支援活動も行っている.東京都(人口1318万人)が約9億円の義援金を集めたのに対し,人口2315万人,平均月収10万円足らずの「国交の無い」台湾からこれだけの支援があったのだ.小生の台湾人・老婆もワールドビジョンで活動を行っており,日々仕事(研究)にばかり没頭している小生も,現地で何か役に立ちたいという気持ちがあった.午後11時発の夜行バスは満員だった.それぞれの人生を乗せたバスは,都会の喧騒から一路北へ向った.この冬一番の寒さだった.
午前5時過ぎ,白み始めた車窓のカーテンを引くと,荒野と化した海岸線をバスは進んでいた.凍結した窓からぼんやりと臨む景色は,まったく言葉を失う別世界だった.午前6時に岩手県・陸前高田市役所仮庁舎で下車.津波被害によって市庁舎を含む市の7割以上が被害を受けた陸前高田では,海岸から3kmほど離れた丘の上に昨年5月,仮庁舎が設置された.バスを降りた若い女性グループがいた.彼女らは定期的に陸前高田を訪れているボランティアとのこと.地元の車がお迎えに来ていた.ボランティアセンタを通さずに,個人で活動しているこういう素晴らしい方々も多くいるのだろう.また,車中で小生の隣席にいた東京在住の男性は,津波被災地の見学の為に来たとのことで,海岸目指して丘を下って行った.小生は仮庁舎から更に内陸へ7km離れた陸前高田市災害ボランティアセンタへ向けて,仙台帰省のための荷物を背負い歩みを進めた.温度計は氷点下10℃,まつげも吐息の水蒸気で凍った.気仙川に沿って上流へ向ったが,かなり上流の橋桁なども落ちていて驚いた.ボランティアセンタ付近でも遺体が見つかったと現地の方から聞いた.内陸部にはコンビニや商店なども営業しており,復興作業員らしい人々が大勢いた.午前8時半の受付開始の1時間前には陸前高田ボランティアセンタに到着.眠れなかった夜行バスの疲れも重なり,これからボランティア活動だというのに既に体力を消耗していたが,陸前高田市災害ボランティアセンタ(以下,ボラセン)の熱気で一気にやる気が出てきた.ゴム手袋,軍手,防塵マスク,作業着,安全靴か金属製中敷き長靴,防塵ゴーグル・目薬,帽子,タオル,食料・飲料水,保険証(小生は日本の保険証はない.被災地ボランティア保険に予め加盟),常備薬・救急セット,着替え,雨具などを用意してきたが,ボラセンには,ゴム手袋,軍手,防塵マスク,栄養剤,ホカロンなどが用意されていた.被災地ボランティア保険の加入受付まであった.
厳寒の空の下,ボラセンには280名のボランティアが朝会に集まった.そのほとんどが,自治体や企業などで組織されたボランティア軍団で,遠路からのボランティア・バスツアーも複数到着.個人でのボランティア参加は,小生も含めて10名ほどだった.朝会では,新規参加の個人ボランティアの挨拶の時間があったので,「台湾から来たアベです...」と自己紹介した.どうも台湾人だと思われたらしく「日本語うまいですね」と色々な方に話しかけられ,お陰でその日は色々と親切にして頂けた.謝謝台湾.さて,ボラセンでは主に以下の作業項目があり,個人ボランティアは自分の希望で作業内容を選べるシステムであった.
(1) 漁業再開に向けた「カキ養殖イカダ作り」のお手伝い
(2) 津波で流された思い出の品の分別、洗浄のお手伝い
(3) 花畑作りのお手伝い(固くなった土の掘り起しや苗植えなど)
(4) ガレキ撤去
(5) 側溝の泥だし
小生は(2)を選択.熟練ボランティア松浦氏,韓国人ボランティア,東京から車で来た漫画家三人組とチームを組まされた.徒歩で来たので足がないので,松浦氏の車に同乗させて頂いた.韓国から個人ボランティアとして参加しているキムさんも同乗.途中,コンビニで昼食の買い出しをしてから市街地へ下り,初めて津波被害の光景を目の当たりにした.数ヶ月間ボランティア活動を継続している松浦氏の説明を聞きながら市街地を抜け,広田湾を回って広田半島の山の上にある陸前高田オートキャンプ場「モビリア」へ登った.ここは,陸前高田市内の中で残った数少ない施設の一つで,被災直後より避難所として利用されており,現在は仮設住宅地となりキャンプ場としては利用できない.広田湾の「ヒロタ」は,アイヌ語で「美しい砂浜」の意味がある.
現地に到着すると,既に先着隊が屋外で作業を開始していた.我々はまず簡単な力仕事を行い,「津波で流された年賀状アルバムの洗浄」作業を開始.泥まみれの年賀状,まだ湿っている年賀状などを一つ一つ丁寧に奇麗にしていく.氷点下の寒空の下での地道な作業.皆殆ど無口に作業を続ける.ついつい年賀状に書かれた文章を読んでしまう.受け取り主がちゃんとこのメッセージを受け取って欲しいと願いながら,丹念に清掃していく.現場の雰囲気をジョークを飛ばしながら和やかにしてくれた隣のおじさんも,年賀状の文章を読みながら時おり感想を漏らしていた.昼食を挟み午後2時過ぎ頃までこの地道な作業に専念した.日が傾くと道路は凍結するので,午後3時までにボラセンに戻るように指示されていた.
帰路は,漫画家さんらの車に乗車して,陸前高田の海岸の端から端まで走った.瓦礫の多くは撤去され固められていたが,津波で残骸と化した建造物は,まだあちらこちらに残る.その先には,エメラルドグリーンに輝く,恐ろしいほど美しい海が広がっていた.震災後に復活した漁では,漁獲量も魚の大きさも増している.通常は3年はかかる養殖牡蠣も,半年で成長してしまったそうだ.これは,津波で海底がかき混ぜられて,海中の養分が豊富になったからだと考えられている.津波後の海底が美しく生まれ変わっていることは,海底探査からも明らかになった.人々の作った街を破壊した巨大津波は,人々が汚してきた海を蘇らせ,東北の海は豊かになっていたのである.「一本松」も健在だった.長さ2kmに及ぶ遠浅の砂浜に生育する7万本のクロマツとアカマツの砂潮林である「高田松原」は,200年以上前に植えられた.この白砂青松は日本を代表する景勝の一つでもあったが,全て津波で流された,ただこの松一本を残して.
ボラセンに戻り,陸前高田市役所仮庁舎まで彼らの車で送って頂けた.バス停では,今朝方浜辺へ向った男性と再会した.多分,彼が見てきた津波被災地と,小生が体験して見てきた津波被災地は異なるだろうなと思った.街は津波で破壊され,その悲惨さだけが光景に映される.これは,テレビのニュース映像で散々見てきた.実際には,壊されたモノや生活を再び取り戻そうと必死に前へ進もうとする陸前高田の人々がそこにいる.ボランティア活動を通して,現地の人々と触れ合い感じた.被災地復興とはいうが,現地の人々は政府の復興対策の遅れに不満を持っている言葉も聞いた.ボランティアは自己満足で終わるのではなく,継続し更にその輪を大きく広げていかなくてはならない.震災から一年が経ち,非被災者達は日々の生活に追われ,被災者達のことを忘れてきているのではないだろうか.
午後3時56分に仙台へ向うバスに乗り込み海岸線を進むと,津波で破壊された小さな漁村や,いまだに大型船が打ち上げられている気仙沼の町中も通過した.仙台滞在中には,荒浜から仙台港までを一通り訪れた.福島県いわき市の沿岸も訪れた.同じ光景は,数百kmに及ぶ太平洋沿岸各地で見られるのだ.原発問題も含め,2万人近い死者,行方不明者を出した未曾有の災害に見舞われた(見舞われている)日本を復興するためには,日本国民全員が現在進行形で支援を続けていかなくてはならない.
「復興ボランティア=土方作業」と単純に想像していた小生にとって,年賀状の洗浄作業は最初はちょっと気抜けした.しかし,目に見える形だけの復興ならばお金を掛ければできる訳で,「想い出の復興」は現場で手を動かす我々ボランティアにしかできないことだと気付いた.被災地にはそういう義援金だけでは手の届かないニーズがいくらでもあるのだ.支援の形は他にもいろいろとあると思う.被災者以外の人々が支援し耐えなければ,国家の災難を乗り越えた日本復興,日本の将来は無いだろう.
台湾に戻った後,小惑星命名のチャンスを頂き「陸前高田」の名を国際天文学連合(IAU)へ申請した.うまく行けば,5月頃には小惑星「Rikuzentakata」が誕生するかもしれない.その時には改めて報告します.
Rikuzentakata is a city in Iwate, Japan, which was one of the most affected city by powerful tsunami waves triggered by the 2011 earthquake off the Pacific coast of Tohoku. A part of the shoreline Takata-Matsubara having seventy thousand pine trees which was selected a one of the 100 Landscapes of Japan was also damaged completely except a single pine tree. We would encourage the speedy reconstruction of Rikuzentakata and a place of scenic beauty.
震災から一年が経ち,台灣では以下のCMがTVで放映されている.世界中でこんなCMが放送される国は,台湾以外にはないだろう.台湾人が日本人をこんなに心配し支援してくれたことを決して忘れずに,世界で一番の親日国家・隣国「台湾」のことを日本国はもっと考えて頂きたい.
December 05, 2011
はやぶさ2 ピンチ!
以下のニュースが毎日新聞一社から報道されたが,どうも裏がありそう.
朝日新聞記者(東山正宜氏Twitter)の見解;
宇宙開発評論家・松浦晋也氏ブログ
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2011/12/2-e8f0.html
松浦晋也氏Twitter;
和歌山大学・秋山演亮・宇宙教育研究所所長 / 特任教授のAkiakiブログ
「有人宇宙港をめぐる冒険」
以上から推測されるのは,「はやぶさ2」はJAXAにとっては巨額の予算が取れる地球観測衛星の都合の良い広告塔(ダシ)にしか過ぎない(実際JAXAは「はやぶさ2」よりも「地球観測衛星」などの優先度を上げて予算要求している).
JAXAとしては「はやぶさ2」が切られたとしても地球観測衛星に予算がつけば良い訳で,限られた財政のなか,内閣府の「準天頂衛星」の優先度が高いと評価され「はやぶさ2」が切られたという理由付けがあれば,逃げ口実になる.毎日新聞「はやぶさ2 ピンチ」の記事は,JAXA/文科省が都合の良い内容としてリークした踊らされた記事である可能性が高い...あくまで個人的見解.
生命の起源とされる有機物を含んだ試料採取を目指す小惑星探査機「はやぶさ2」計画が、延期の危機に直面していることが分かった。来年度予算編成では、東日本大震災の復興経費を捻出するため、宇宙関係予算は大幅な減額が避けられない上、国家戦略に基づく実用衛星が優先される可能性が高い。予算次第では、はやぶさ2の打ち上げが目標(14〜15年)に間に合わず、計画が形骸化する恐れもある。
【写真特集】あの感動を再び 「はやぶさ」地球帰還 微粒子は小惑星「イトカワ」のものと確認
宇宙関係予算の概算要求額は、今年度予算比5%増の総額3260億円。政府の宇宙開発戦略本部専門調査会は今夏、「日本版GPS」の実現を目指す測位衛星「準天頂衛星」の整備を宇宙政策の最重要課題と決め、内閣府が41億円を要求した。
一方で同調査会は、文部科学省が進める「はやぶさ2」(要求額73億円)などの科学衛星や陸域観測技術衛星「だいち」の後継機(同約200億円)については準天頂衛星より重要度が低いと判定した。財務省は、宇宙関係予算を、準天頂衛星や国際約束に基づく国際宇宙ステーション(ISS)に優先的に配分し、開発段階の衛星関連予算は減らす判断に傾いているとみられる。
はやぶさ2は、小惑星イトカワから昨年帰還した「はやぶさ」の後継機で、今度は有機物が多いとされる小惑星「1999JU3」から試料を持ち帰り、太陽系の生命の起源に迫る成果を狙う。総事業費は約264億円。地球と小惑星との位置関係から、打ち上げ時期は限られ、14〜15年の打ち上げを見送った場合、次は数年先となり、同様の計画を持つ米国に先を越される可能性がある。
計画を作った宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、はやぶさ2の予算が削られた場合の対応について検討を始めた。はやぶさ2は09年の事業仕分けで「縮減」と判定され、17億円の予算要求が3000万円に削られたが、はやぶさの成功を受けて「復活」した。11年度の予算は30億円。
財務省関係者は「新しい計画は何年間も財政負担が生じるため、安易な予算化は厳しい。(はやぶさ2の打ち上げが)どう有益なのか、国民にきちんと説明する責任がある」と言う。はやぶさ2を率いる吉川真・JAXA准教授は「来年度予算が削られ、13年度で増額がなければ間に合わない。復興はもちろん大切だが、将来につながる科学技術を進めることも日本には必要だ」と訴える。【野田武、永山悦子】
朝日新聞記者(東山正宜氏Twitter)の見解;
すいません。その(松浦晋也氏の)ブログ、何を言いたいのかさっぱりわかりません。はやぶさ2をやめんなってことは分かりますが、だから政治家にFAXしろってことなんですかね? ま、永山さんが言ってることは外れてないと思いますよ。パイは有限なので。
見ましたよ。ま、はやぶさ2っていうからキャッチーだけど、つまるところ、文科系の宇宙予算がマイナス300億円ってことじゃないですか。
少なくとも、内閣府と文科省合わせてざっくり3000億円の「宇宙関連予算」が、準天頂始めるからと言って3300億円になることは、まぁ99.8%ないでしょう。IGS予算が削られることは考えにくいので、じゃぁ、その300億円どっから持ってきますか、という話
財務省から見たらどっちも同じですよ。準天頂が始まったら、内閣府の予算が増えて文科省の予算が減るわけで RT @AvellSky はやぶさ2のライバルは内閣府の準天頂ではなく文科省の地球観測衛星網などのはず
宇宙開発評論家・松浦晋也氏ブログ
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2011/12/2-e8f0.html
松浦晋也氏Twitter;
スケジュールだけ書いておくと、今は予算案に対する財務省からの内内示の段階、ここから政治枠だの政治折衝だのがあれこれあって、正式内示が12/20から年末にかけて。内示の段階で大枠は固まって、その後の国会審議でひっくり返ることはまれ。だから今から三週間ほどがはやぶさ2の命運が決まる。
今年度で予算取れて正式スタートと思っていたのだけれど、予算がJAXA予算枠ではなく、政治が決める日本再生重点化措置の枠で取っていたのです。はやぶさ2は今年もここで戦わねばならず、それが危ないことになっているらしいです。
とにかくこれから3年は打ち上げも含めれば年間100億近くつけないと2014打ち上げでの1999JU3到達が不可能になるので、少しでも減るとその時点ではやぶさ2はアウトですね。宇宙クラスターならご存知の通り、機会を逃せば次のチャンスは2026、実質的な中止です。
和歌山大学・秋山演亮・宇宙教育研究所所長 / 特任教授のAkiakiブログ
「有人宇宙港をめぐる冒険」
「はやぶさ2」にとってライバルは内閣府から出ている準天頂ではなく、同じ文科省から出ている「地球観測衛星網の構築[227億円]」「宇宙太陽光発電システムの研究開発[4億円]」「X線天文衛星(ASTRO-H)[13.5億円]」「回収機能深型宇宙ステーション補給機(HTV-R)[9.5億円]」のはずである。
記事ではこの点をミスリードしているのではないかと僕は思う。確かに、「準天頂」VS「はやぶさ2」と書くのは、なんだか一般受けしそうで記事としては書きやすいのだろうけど、それは議論が矮小化されてしまっている。
「少なくとも今年度は、自分達は各省庁横断で予算編成をしていない。「はやぶさ2」を通したければそれはその所管省庁が強く主張をすべき」という判断をするでしょう。とすると嘆願を出す先は文科省、宇宙開発委員会、そしてJAXA宛にとなるわけですが、、、残念なことにおそらく時間が足りない。タイムリミットは結構もうすぐそこです。
一つの抜け道は、今回の予算が日本再生特別枠要望分で出ている点にあるかも知れません。すなわち、この予算の性格上、各省庁の意見よりも与党・政府がどう考えるかが重要になります。官僚と言うよりは政治家が対象って事です。
実際、与党・政府間でも「日本再生のために何を重点項目とすべきか?」との摺り合わせが、今週中に行われるとの話しを聞いています。それを受け、来週には宇宙以外の他の分野も全部ひっくるめて重点項目が決められ、それを受けて財務省が最終判断をすることになるでしょう。
そうすると、やるとしたら今週の早い内に与党・および政府、まぁとりわけ野田総理に対して、様々な声を上げるのがもっとも効果的なんだと僕は思います、ハイ。
以上から推測されるのは,「はやぶさ2」はJAXAにとっては巨額の予算が取れる地球観測衛星の都合の良い広告塔(ダシ)にしか過ぎない(実際JAXAは「はやぶさ2」よりも「地球観測衛星」などの優先度を上げて予算要求している).
JAXAとしては「はやぶさ2」が切られたとしても地球観測衛星に予算がつけば良い訳で,限られた財政のなか,内閣府の「準天頂衛星」の優先度が高いと評価され「はやぶさ2」が切られたという理由付けがあれば,逃げ口実になる.毎日新聞「はやぶさ2 ピンチ」の記事は,JAXA/文科省が都合の良い内容としてリークした踊らされた記事である可能性が高い...あくまで個人的見解.