April 03, 2005

サザヴァ川,シュテルンベルク城&チェコ映画祭

c58d2c00.jpgsternberk今日は最高の天気.KMPXさんとオンドジェヨフの森の中を1時間ほど散歩.昼から小生の車でドライヴをした.村からサザヴァの町へ出て,チェコ人たちと同じようにサザヴァ川の畔でアイスクリーム(ズムルズリーナ)を舐めた.サザヴァ川は,カヌーを使った川下りアトラクションで有名な美しい川である.雪解けのせいか水は濁っていた.その後,近くのシュテルンベルク城へ足を延した.シュテルンベルク城は,プラハから南東約50km(小生の家から10kmくらい)にある,岩山の上に鎮座する13世紀に作られたボヘミア地方を代表する立派なお城だ.近くにあるコノピシュチェ城は,サラエボ事件で暗殺されたオーストリアのフェルディナンド皇太子の居城として有名だが,城の方角をを示す道路標識の数はコノピシュチェ城よりも遥かに多いことから,その重要性が伺える.シュテルンベルク城は,かつての由緒あるシュテルンベルク家の城で,現在は貴族の末裔が住んでおり,夏の期間だけ城を公開している.以前,閑散としたシュテルンベルク城を冬に訪れたことはあるが,4月に公開されたばかりの城には,大勢の人で賑っていた.今回は下見ということで城攻めはせずに,サザヴァ川の対岸へ渡って城の全景だけを楽しんだ.



Easter-prahaカトリック教会の最高指導者であったヨハネ・パウロ二世が亡くなったので,旧市街広場で何か儀式でも行われているかと思いプラハへ戻ってみたが,教会には人もいないし,暢気にイースターの屋台群がまだ並んでいた.チェコ人たちは田舎町でもプラハでもいつもと変わらぬ余暇を楽しんでいた(そんな我々もドライヴをしているが).チェコの教会は見掛けだけで,チェコ人には全く(日本人以上に)宗教心はないということを再確認.一方,ヨハネ・パウロ二世の母国であるお隣の国ポーランドでは,ポーランド国民の98%がローマカトリック教徒で,各地で追悼式が行われている.小生らは1週間前にローマ法王が64年に大司教を務めたクラクフを訪れていた.ローマ法王はクラクフ郊外(バドビツェ)出身である.先週小生らが訪れたクラクフ郊外のカルヴァリア・ゼフジドフスカの礼拝堂にも恐らく信者が押し寄せているのだろう.法王が瞑想にふけったといわれるポーランドとスロヴァキアの国境にあるヴィソケー・タトリ山のふもとザロパネにも多くの信者が集まっているという.

ネポムツキー

ネポムツキー_カレル橋さて小生は旧市街広場でタイ式マッサージを受けてから(今日のマッサージ師はかなり手抜きだった)茶をしばき,カレル橋を渡って,車を駐車しているアンデェルにあるカルフールへと戻った.アンデェルではプラハ映画祭が先週末から1週間開催されていることを知り,せっかくなので映画を1本鑑賞することにした.69Kc(300円くらい)だった.ルーマニアの映画「NIKI A FLO」を見た.ルーマニア語の映画だが,英語の字幕付きなので内容は理解できる.英語が分からないチェコ人のために,イヤホンを付けるとチェコ語の同時通訳が提供されていた.映画は不思議な雰囲気とアングル,そしてかなりグロテスクな映像と意表をつく(理解不能な)ストーリー展開で,なんとも言いがたい微妙な内容であった.今週の金曜まで開催されているので,あと何本か鑑賞しようと思う.黒澤監督他の日本映画も何本か上映されている.日本では邦画は洋画に比べると人気はないが,小生は結構好きである.

プラハ映画音楽際
[SAZAVA川の畔,岩の城STERNBERK]
[イースターの卵飾りが施された白樺とティーン教会(イースターの屋台もまだ出店している]
[カレル橋のネポムツキーと彼の遺体がヴルタヴァ川へ放り込まれた場所;ヴルタヴァの悠悠たる流れをみていると,人生の儚さを感じる]
[プラハ映画祭(Andel会場)]

andromedayaki at 00:00│Comments(0)TrackBack(0)チェコ 

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