June 29, 2005

デン・ハーグ

デン・ハーグ今日の行程は,デン・ハーグとベルギーのアントワープである。朝食後,アムステルダム駅を9時に出発。切符は,途中下車可能なベルギー・アントワープ行きの国際チケットを購入。ICで約40分で到着。到着したのは中心地から南にある「Den Haag Station H.S.」だった。

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マウリッツハイス美術館駅から徒歩20分。開館直後の午前10時過ぎ,憧れの「マウリッツハイス美術館」に到着。フェルメールの少女の笑顔で迎えられた。「MAURITSHUIS」マウリッツハイスとは,ナッサウ-ジーゲン伯ヨーマン・マウリッツ(1604−1679)に由来する。マウリッツハイスの名声を支える四台傑作,「ニコラース・ティルプ博士の解剖学講義」,「デルフトの眺望」,「漂白場のあるハーレムの眺め」,「追悼」はいずれも新制オランダ連邦の君主「ヴィレム1世」(1772−1843)の功績で所蔵品となった。ワクワク,ドキドキ。ここは心を静めて,まずはショップへ行き,日本語訳の絵画案内を購入(13ユーロほど)。騒がしい小学生集団が入ってきたが,30分ほどで彼らはいなくなり,再び静寂が美術館に戻った。そして,いよいよ2階のフェルメールの間へと進む。

フェルメールの間まず小生の眼に飛び込んできたのが「デルフト眺望」である。足が勝手にそちらへ向いそうになったが,ふと左横を見ると,うわぁー「真珠の耳飾りの少女」が小生を見つめているではないか。


青いターバンの少女「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)(Girl with a pearl earring, 1665)」にご挨拶。神秘のフェルメールの青色のターバン。数筆で描いただけの真珠が魔性の輝きを持つ。いやはや。


デルフト眺望続いて「デルフト眺望(View of Delft, 1660-61)」。水面におちた船の影さえも息を呑む素晴らしさ。顔料と画筆を天才のように操り描かれた光の正確な描写。薄く透明度の高い顔料を使う一方で,時には厚く艶の鈍い顔料も使う。またある部分は,顔料に粗引きの色素粒を混ぜて,きめ細かさを加える。フェルメールの天才的芸術が集約されている。観ていると運河から町中へと吸い寄せられる感覚を覚えるほど奥行きのある絵画だ。室内を描く絵が中心のフェルメールで,この「デルフトの眺望」と昨日観て来たアムステルダム国立博物館が所有する「小路」の2点だけしか風景画は残っていない。


ディアナとニンフたちディアナとニンフたち(Diana and her nymphs, 1655-56)」。この絵はちょっと曰く付きの絵画である。当初,右上の女性の更に右上に青い空が描かれていたそうだが,顔料の年代が異なることから後年加筆されたことが判明した。,この空の後ろにオリジナルが描かれていることが分かったが,絵を傷付けてしまうので,忠実に再現・修復されたそうだ。


絵画美術更に嬉しいことに,ウィーンの美術史博物館の「絵画芸術(The art of painting, 1668)」も例外的展示が行われていた.これは,1995〜96年にワシントンDCナショナルギャラリーとマウリッツハイス美術館で開催された空前絶後の大フェルメール特別展(23点のふフェルメールが集結)の際,「絵画美術」はメンテナンスのために展示できなかったことでそのリベンジとなる展示が9年後の今年(3月25-6月26)に行われていたからである。「絵画芸術」は,フェルメールが生涯手放さなかった絵だと言われている。彼の画家としての資質を様々な形で集約されたこの絵を見せることで,彼の作品を客に売っていたと言う。実際に「絵画芸術」も観れば観るほど素晴らしい作品で,小生は,この絵と「デルフトの眺望」の間を何度も行き来した。この小さいが世界一贅沢な空間で至極の1時間を過ごした。

ビネンホフ美術館で3時間を過ごし,胸一杯であった。13〜17世紀にかけて建てられた建築郡(国会議事堂,総理府,外務省)が集まるビネンホフを眺めて,旧市庁舎や聖ヤコブ教会を散策しながら駅へと戻った。次なる目的地,フランダースの犬の舞台「アントワープ」へ向う。

andromedayaki at 23:11│Comments(0)TrackBack(0)フェルメール 

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